節分の日の夜に豆をまく風習と撒いた豆を食べる、恵方巻を食べる

節分
この記事は約6分で読めます。
スポンサーリンク

 

節分の日に豆をまく風習

 

節分には煎った豆をまき年の数だけその豆を食べるのが習いでした。

そして、豆まきの豆は昔は大豆を煎ったものが主でした。

廊下や土間や部屋の隅にまいた豆を拾い食べた記憶があります。

考えてみれば不衛生なことでしたが当時は当たり前の事です。

しかし時代は代わりその主役の豆も大豆から、落花生へと変わりました。

落花生は硬い殻に守られているから比較的衛生的で安心です。

その日本伝統行事、節分の“豆まき”に取って代わるかのような勢いが恵方巻きです。

あなたは節分に豆を食べる派それとも恵方巻きを食べる派?そして、節分の豆まきは?

などなど、節分の日の由来について考えてみましょう?

 

 

節分の日の夜に豆をまく風習はいつ頃からあるの?

節分の日に豆をまく風習

 

「「節分」とは季節の変り目のことで、立春、立夏、立秋、立冬すべてを表すが、現在では立春の前日を指すとのこと。」

 

節分の日に豆まきはしますかの問に、

「豆まきはしませんが、年の数だけお豆を食べる。そして、節分祭をしている近くの神社へお参りにいき、甘酒や神酒を御馳走になり、年の数だけのお豆を神社に置いてきます」

「豆まきはしますが『鬼は外』とは言いません。『福は内、鬼も内』です。寒空に追い出された鬼たちを迎えてやるのが我が家の豆まきです」

豆まきの掛け声『鬼は外、福は内』が普通ですが、地域によっては風習の違いもあり、

この人のように『福は内、鬼も内』もあれば、

『鬼は外』はなく『福は内』だけで節分の豆まきを行う地域もあるようです!

 

節分といえば豆まきですが、ふと思ったことありませんか……

なぜ豆をまくのだろう?……と

 

豆まきは遣唐使により、中国から伝わったと言われています。

「豆まきは、中国から伝えられた『追難(ついな)の儀式』、『鬼遣(おにやらい)』に由来しています。この伝統は、遣唐使により日本に伝わり、宮廷行事になりました。災害や疫病を追い払って福を招き入れます」

この行事は、平安時代は大晦日に宮中で貴族たちが中心になり催されていたそうです。

 

豆まきの風習は、

「鬼の目『魔目(まめ)』に豆を投げつけることで『魔滅(まめ)』になると考えられていました。(中略)撒いて邪気を払い、福を呼ぶという風習になっていきました」

そして、豆を撒く人は

「豆をまくのは一家の主や長男、また年男か厄年の人です。『鬼は外、福は内』と言いながら、豆をまいて鬼を追い出し、福が出ていかないように戸を閉めます。現在では、家族の行事として家族全員が順番に豆をまいていたりしますが、それはそれで問題ありません」

 

ところで豆を撒くのは夜・・とは決まってないようです。

家族が集まった時にみんなで撒くから、集まるのが夜なだけ???

そう言えば、豆まきで有名な寺社は、

よく芸能人や力士が真っ昼間にまいていますよね。厄払いと称して!

学校で撒く場合もですね。しかし・・・こんな驚きの情報が・・・

「元来豆まきは夜に行うため

それまでは枡などに入れて神棚に供えておくのが、正式な作法です」・・・と。

 

節分の日に豆をまく風習、年の数だけ豆を食べる?

節分の日に豆をまく風習は、前の章で述べたように、

「豆まきは、中国から伝えられた『追難(ついな)の儀式』、『鬼遣(おにやらい)』に由来しています。この伝統は、遣唐使により日本に伝わり、宮廷行事になりました。災害や疫病を追い払って福を招き入れます」
この行事は、平安時代は大晦日に宮中で貴族たちが中心になり催されていたそうです。

 

豆<-マメ<-魔滅・・・旧暦は立春が元日で、立春の前日の節分が大晦日になります。

豆を撒くのは、鬼に豆をぶつけて、邪気を追い払って、新年を迎える行事です。

中国から入ったと言われる宮中行事「追儺(ついな)」「鬼やらい」ですが、韓国歴史ドラマ「イ・サン」でも、大晦日に王宮で「儺礼戯(ナレイ)」という厄払い行事をしています。

スポンサーリンク

こうしてみると仏教の伝来と同じで、

中国から朝鮮に渡りそれから日本へ伝来してきたということになると思います。

 

そして、豆を撒く人は一家の主か長男、また年男か厄年の人です。

豆まきで有名な寺社で芸能人や力士がまいていますが、コレらの人も、

年男か厄年の人が選ばれているんでしょうね?もしくはその年(旧暦では大晦日)に活躍した人?

 

そう言えば私の祖父たちの時代も(もともとは四国の人)

一家の長である祖父が豆まきの、音頭取りをしていた記憶があります。

その頃撒いていたのは煎った大豆でしたが、

撒かれた豆を拾い集めて年の数だけ食べた記憶もあります。

 

節分の日に自分の年齢より豆をひとつ多く食べる習慣は、

古来日本での大晦日(年越し)の日に行われていた追儺(ついな)と言う行事の名残ではないかと言う説もあります。

「まいた後は年齢と同数か一つ多い数の豆を食べると、その1年は災難を逃れて無事でいられるという意味がある」

・・・ということだったんですね。

 

節分の日の新しい習慣!恵方巻を食べる?

節分に「恵方巻き」を食べますか?

  『食べます!家族は嫌がりますが私の夕食作りがさぼれるので素晴らしい習慣(笑)だと思います。』

もともと関西が発祥とされる恵方巻き、昭和のはじめにこの習慣が生まれたといいます。

なんでも、恵方巻きの起源は、

花柳界で行われていた風習が一般に広まった

江戸末期から明治の始め、大阪の船場が発祥の地

ということのようです。

その風習にヒントを得て宣伝に利用したのが「大阪鮓商組合後援会」だということです。

それが、昭和の初期頃の話です。

つまりこの頃にこの習慣はすでに始まっていたということになりそうです。

 

ところが戦後一旦この習慣は廃れていきます。が、商魂たくましい大阪商人が(?)

土用の丑の日に鰻を食べる習慣に対抗するものとして、

再び販促活動が盛り上がったと言います。

それもまだ関西を始めとした、西日本の一部に限られていたようですが

この節分に太巻きを頬張る習慣を全国に広めるきっかけになったのは、

コンビニのセブンイレブンです。

太巻きの丸かぶりの発祥は大阪ですが、全国に広めた「恵方巻き」の直接のルーツはなんと、セブンイレブンだったんです。

 

恵方・・・(歳徳神(としとくじん)のいる最大の吉方位)を向いて、

無言で太巻きを切らずに願い事をしながらかぶりつく。

コレが食べ方ですが、私には無理です。私は切って食べます。

食べ方は自由だと思います。一本まるまま食べれない人も沢山いらっしゃいます。

あなたの食べ方があなたにとって正解です無理は禁物です!

 

a7eaa148de10a52e4d4b700f4e5ec476_s

 

あなたは恵方巻きを食べますか???

西日本の方でしかなかった風習の恵方巻きも今やセブンイレブンのお陰で全国区になりました。

あなたは恵方巻きを食べますか???

関西の人でも『そんな習慣はない!』食べない人もいます。

あなたは恵方巻きを食べますか???

『ここは東京。習慣とか風習とか関係なし。良い物はなんでも取り入れる柔軟な所です。』

とばかりに恵方巻きを頬張る方もいらっしゃいます。

 

今や、豆まきに取って代わる勢いで日本の一大イベントになった感のある恵方巻きです。

今年の恵方は『北北西です。

 

どんな願い事をしながら丸かぶりしますか?

ちなみに、丸かぶりは願い事をする間の一口二口でOKだそうですよ・・・

無理しなくてもいいようです!

 

まとめ

 

節分のいわれや豆を撒くいわれ、さらに比較的新しい恵方巻きの丸かぶりの習慣にスポットをあて論じてきましたが参考になったでしょうか・・・

今年も節分はやってきます。豆まきで邪気を払い、恵方巻きで運氣を取り入れて下さい。

 

コメント